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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5884号 判決

原告(五八八四号事件)

倉本隆

原告(五八八五号事件)

井垣光子

被告

有限会社 杉

右代表者清算人

杦本美津子

右訴訟代理人弁護士

細川喜信

的場智子

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  被告は、原告倉本隆に対し、金一四万一七六二円を、原告井垣光子に対し、金四一万五五六二円をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告井垣光子及び原告倉本隆に生じた費用の各二分の一並びに被告に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、原告井垣光子に生じたその余の費用と被告に生じた費用の四分の一を原告井垣光子の負担とし、原告倉本隆に生じたその余の費用と被告に生じたその余の費用を原告倉本隆の負担とする。

四  この判決は、第一項記載の認容金額につき各二分の一の限度において仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告倉本隆

1  被告は、原告倉本隆に対し、金三六万五〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  原告井垣光子

1  被告は、原告井垣光子に対し、金八九万三四一二円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

三  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  被告は、肩書地に店舗を有し、すし屋を営むものである。

二  原告らは、昭和五五年二月八日、被告に左記の雇用条件にて従業員として雇用され、その業務に従事した。

1 賃金 原告倉本につき、月額金一八万円

原告井垣につき、月額金一五万円

2 右支払期日 毎月末日締切、翌月五日払

3 勤務時間 午後三時から翌日午前二時まで

4 休憩時間 右勤務時間の内二時間

5 休日 毎月第一、第三水曜日

三  しかるに、被告は、右約定に反し、原告らに二時間の休憩時間を与えることなく、かつ、退社時間もしばしば延長して稼働させた。

原告倉本は、被告会社に勤務した昭和五五年二月八日から同年六月二六日までの間において、被告の有利に一時間の休憩時間があったものとしてこれを控除すると、合計一八二時間三〇分の時間外勤務を、また、原告井垣は、被告会社に勤務した昭和五五年二月八日から同年六月一九日までの間において、被告の有利に一時間の休憩時間があったものとしてこれを控除すると合計一七七時間四〇分の時間外勤務をしたものである。

右時間数に基づいて計算すると、原告倉本の時間外割増賃金は、金一八万二五〇〇円(計算方法別紙(一)のとおり)であり、原告井垣の時間外割増賃金は、金一四万七九九六円(計算方法別紙(二)のとおり)である。

四  被告は、昭和五五年六月一九日、原告井垣に対し、何らの予告なく突然口頭で解雇の意思表示をし、もって、原告を解雇した。

よって、原告は、被告に対し、解雇予告手当金債権金一四万八七一〇円(計算方法別紙(三)のとおり)を有する。

五1  被告は、労働基準法(以下、労基法という)三七条の規定に違反し、前記三記載の時間外割増賃金を支払わないので、労基法一一四条に基づき、原告倉本は、被告に対し、右時間外割増賃金と同額の附加金一八万二五〇〇円、原告井垣は、被告に対し、右時間外割増賃金と同額の附加金一四万七九九六円の支払をそれぞれ求める。

2  被告は、労基法二〇条の規定に違反し、何らの予告なく、かつ、解雇予告手当を支払うことなく原告井垣を解雇したので、原告井垣は、被告に対し、労基法一一四条に基づき、前記四記載の解雇予告手当金と同額の附加金一四万八七一〇円の支払を求める。

六  原告井垣は、被告に雇用されるにつき、退社時間が深夜に及ぶにかかわらず自動車等の手配がされていないというやむにやまれぬ事情と被告会社においては、近隣に住んでいる店長を除いて従業員全員が杉本文化住宅(東大阪市御厨三七〇番地所在)に入居していた関係から、被告から右住宅に入居するよう申し渡された。

しかるに、原告井垣は、被告から前記四記載のごとく解雇を言い渡され、そのため急拠右住宅を原告井垣肩書地に移転しなければならなくなり、右転居に伴い敷金三〇万円を支払わねばならなくなった。

七  よって、被告に対し、原告倉本は、時間外割増賃金等金三六万五〇〇〇円、原告井垣は、時間外割増賃金等金八九万三四一二円の支払をそれぞれ求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一は認める。

二1  同二のうち、3、4の雇用条件については否認、その余(ただし、2、5の雇用条件を除く)は認める。

2  原告らの勤務条件は次のようなものであった。

(一) 被告は、原告らを雇用するに際し、紹介者に次のような勤務条件を示した。

(1) 勤務時間 午後三時から閉店(翌日午前二時)まで

(2) 休憩時間 飲食店及び場所柄の特殊性があるので、客足の途切れる午後五時三〇分から同六時三〇分まで、及び同一〇時から一二時頃までの間は自由に休憩してよい

(3) 賃金 原告倉本につき金一二万円

原告井垣につき金一〇万円程度

(二) しかし、原告らは、賃金について、より高額を要求したので、被告は、経営状態からすればかなり困難であったが、休憩時間は客商売という関係から多少ずれること、休憩時間中も店外に出ないこと(ただし、被告が承諾した時を除く)閉店五分前には新規の客は入れないが若干の後始末(掃除についてはパートを別に雇っているのでしない)をしてから帰宅して欲しいこと等の条件に応じてくれるのなら原告倉本については金六万円を、原告井垣については金五万円を賃金に上積みしてよいと告げ、原告らはこれに応じた。

よって、原告らの賃金は、超過勤務分も含め原告倉本について月額金一八万円、原告井垣について月額金一五万円と定めたのである。

三  同三のうち、原告らが被告会社に勤務した期間は認め、その余は争う。

四1  同四は否認する。

2  被告は、原告井垣を解雇したことはない。

(一) 被告の経営状態は悪く、当時、昼間のパートの女性を解雇した。そして、原告井垣に店の経営状態を話して昼間の勤務に変わってくれるように頼んだところ、原告井垣も承諾し、昭和五五年六月一四日から午前一〇時出勤、午後九時退勤という勤務時間となった。

(二) ところが、同月二〇日午後二時頃、突然、原告井垣は、被告に対し、「やめる」と言って午後三時頃帰ってしまったまま、以後、出勤してこなかった。被告としては原告井垣に急にやめられ、後の補充ができず困ってしまったくらいである。

五  同五1、2は争う。

六1  同六のうち、原告井垣が被告所有の杉本文化住宅に居住していたことは認め、転居先の借家にかかる敷金が金三〇万円であることは不知、その余は争う。

2  被告は、原告井垣と原告倉本が就職当時結婚の約束をしているときいたので杉本文化住宅の一室を無料で貸していたものである。他の従業員で杉本文化住宅に入居している者はいない。

被告は、原告井垣に対し、杉本文化住宅から退去するように言ったことはない。原告井垣の方から「次の引越し先を捜すまでしばらくおいて欲しい」と言い、その後、同月二九日に引越して行ったのであって、被告が原告井垣の引越し先の敷金を負担すべき理由はない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因一については当事者間に争いがない。

二  (原告らの時間外割増賃金請求について)

1  請求原因二のうち、同二2ないし5記載の雇用条件を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、同二2及び5記載の雇用条件については、被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなし、(書証・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告らが被告に雇用された雇用条件のうち、勤務時間については、当初、午後三時から翌日午前二時までとの約定(以下、遅番勤務ともいう)であり、その後、原告倉本においては、昭和五五年六月二一日以降、原告井垣においては、同月一四日以降いずれも午前一〇時三〇分から午後九時まで(以下、早番勤務ともいう)に変更されたこと、遅番勤務の場合における原告らの休憩時間は、客足の途切れる時間帯である、概ね午後一〇時頃から午後一二時頃までの間に適宜とってよいとの約定であったこと、原告らは、被告の経営するすし処「杉」に昭和五五年二月八日から勤務し、原告倉本においては板前の見習としてすしを作り又は下ごしらえ等の裏方の仕事に従事し、また、原告井垣においては主として洗い場等の裏方の仕事に従事したが、その間、特に休憩時間として定められて休息をすることがなかったものの、客がいないなど従事すべき業務がない時には、しばしの間椅子などに腰をおろすなどして客が来店し、或いは従事すべき仕事ができるまで休息をとることがあったこと、しかし、右のように休息している間といえども客が来たときには即時業務に従事しなければならなかったこと、原告らは、原告井垣が早番勤務となった昭和五五年六月一四日頃、前記「杉」の店長であった木口利己に対し、休憩時間が欲しい旨申し出た以外は、被告に対し、特に雇用条件との違いを指摘して休憩時間をとることを求めるようなことがなかったこと、ちなみに、原告井垣は、右「杉」に勤務を始めた直後、被告代表者杦本の私用(掃除、洗濯など)をすることを求められたのに対し、雇用される際の約束とは違うことを理由に右申し出を拒否していること、以上の事実を認めることができ、(人証略)のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告らの雇用条件のうち、勤務時間については、午後三時から翌日午前二時まで(ただし、原告倉本においては昭和五五年六月二一日以降、原告井垣においては同月一四日以降、いずれも午前一〇時三〇分から午後九時までに変更)、休憩時間については、午後一〇時頃から午後一二時頃までの間に客がいない時などを見計らって適宜休憩してよい、との約定であったものということができる。しかして、労基法三四条所定の休憩時間とは、労働から離れることを保障されている時間をいうものであるところ、原告らと被告との間の雇用契約における右休憩時間の約定は、客が途切れた時などに適宜休憩してもよいというものにすぎず、現に客が来店した際には即時その業務に従事しなければならなかったことからすると、完全に労働から離れることを保障する旨の休憩時間について約定したものということができず、単に手待時間ともいうべき時間があることを休憩時間との名のもとに合意したにすぎないものというべきである。原告らは、休憩時間について二時間とする旨の約定であった旨主張し、(人証略)中に右主張に副う部分が存在するが、前記認定、説示から明らかなごとく採用することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

ところで、被告は、原告らの賃金は、時間外割増分(二割五分割増分)をも含めての金額とする旨の約定であったと主張するので按ずるに、前記当事者間に争いのない事実及び前記認定事実を総合すると、原告らの賃金は、遅番勤務においては午後三時から翌日午前二時までの勤務時間(内四時間は深夜労働時間)、早番勤務においては午前一〇時三〇分から午後九時までの勤務時間に対する通常の賃金額(ただし、深夜労働時間についてはその割増分も含む)、換言すれば、原告らの法定労働時間九時間(労基法八条一四号、四〇条一項、労基法施行規則二七条)を超える労働時間に対する時間外割増分(二割五分分)を含まない賃金額の定めであったと解するのが相当であり、これを超えて右時間外割増分をも含めた賃金額の定めであったという(人証略)は採用し難いといわなければならない。

そうすると、被告は、原告らに対し、原告ら主張のごとく、勤務時間を九時間とし、これを超える勤務時間について、その勤務時間に対する通常の賃金を含め二割五分の時間外割増賃金を支払う義務を負うものではないが、雇用条件として定めた勤務時間(一一時間又は一〇時間三〇分)の内、右法定労働時間(九時間)を超える勤務時間について、その勤務時間に対する通常の賃金を除く労基法三七条所定の時間外割増分(二割五分)を、また、右雇用条件として定めた勤務時間(一一時間又は一〇時間三〇分)を超える勤務時間について、同法三七条所定の右通常の賃金を含む二割五分の割増賃金を、右勤務時間が深夜労働時間(午後一〇時から翌日午前五時)と重なる場合には右通常の賃金を含む五割の割増賃金(労基法施行規則二〇条)を支払わなければならないということができる(なお、原告らは、勤務時間中に客がいない時などにおいて、適宜休息をとることがあったことは前記認定のとおりであるが、右時間は、休息しているとはいえ、客が来店した場合には直ちにそれぞれの業務に従事しなければならなかったことからすると、これをもって休憩時間とはいえず、いわゆる手待時間にすぎないから、右時間もこれを労働時間に含まれるものといわなければならない)。

2  そこで、原告らの現実の勤務時間数について考察する。(書証・人証略)を総合すると、原告倉本は、被告会社に昭和五五年二月八日から同年六月二六日まで勤務した(ただし、この点については当事者間に争いがない)が、この間、原告倉本が勤務した時間から原告倉本の主張に従い正規の法定労働時間である一日につき九時間と休憩時間として一日につき一時間(合計一〇時間)を控除すると、時間外勤務時間は、遅番勤務期間(昭和五五年二月八日から同年六月二〇日)において一七五時間(内一一時間を超える勤務時間は合計六三時間、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間は合計五六時間)、早番勤務期間(同月二一日以降)において三時間二〇分(内一〇時間三〇分を超える勤務時間は合計一時間){内訳二月・二四時間二〇分(内一一時間を超える勤務時間・六時間二〇分、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間・一時間二〇分)、三月・四三時間三〇分(内一一時間を超え、かつ、深夜労働時間・一六時間三〇分)、四月・三八時間三〇分(内一一時間を超え、かつ、深夜労働時間・一四時間三〇分)、五月・三八時間三〇分(内一一時間を超える勤務時間・一二時間五〇分。ただし、内深夜労働時間・一〇時間五〇分)、六月・三三時間一〇分(内遅番勤務期間において一一時間を超え、かつ、深夜労働時間・一二時間五〇分。内早番勤務期間において一〇時間三〇分を超える勤務時間・一時間)。なお、毎月末日勤務開始、翌月初日勤務終了分については、翌月分として計算した。以下、原告井垣についても同じ}となること、原告井垣は、被告会社に同年二月八日から同年六月一九日まで勤務した(ただし、この点については当事者間に争いがない)が、この間原告井垣が勤務した時間から原告井垣の主張に従い正規の法定労働時間である一日につき九時間と休憩時間として一日につき一時間(合計一〇時間)を控除すると、時間外勤務時間は、遅番勤務期間(昭和五五年二月八日から同年六月一三日)において一七三時間四〇分(内一一時間を超える勤務時間は合計六五時間、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間は合計五二時間三〇分)、早番勤務期間(同月一四日以降)において一時間四〇分{内訳二月・二一時間四〇分(内一一時間を超える勤務時間・六時間、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間・一時間)、三月・四九時間(内一一時間を超える勤務時間・二一時間、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間・一五時間)、四月・四三時間二〇分(内一一時間を超え、かつ、深夜労働時間・一五時間二〇分)、五月・三八時間一〇分(内一一時間を超える勤務時間・一三時間一〇分、ただし、右勤務時間の内深夜労働時間・一一時間四〇分)、六月・二三時間一〇分(内一一時間を超え、かつ、深夜労働時間・九時間三〇分)}となることを認めることができ、右認定に反する証人木口の証言は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

3  すすんで、原告らの時間外割増賃金債権額について検討する。

まず、時間外割増賃金の基礎となる原告らの通常の労働時間又は労働日における賃金の一時間当りの金額を算出することとする。

前記認定事実によると、原告らの所定労働時間は、原告倉本において昭和五五年二月八日から同年六月二〇日まで、原告井垣において同年二月八日から同年六月一三日までの遅番勤務期間においては、午後三時から翌日午前二時までの一一時間であり、原告倉本において同月二一日以降、原告井垣において同月一四日以降の早番勤務期間においては、午前一〇時三〇分から午後九時までの一〇時間三〇分であるということができる。しかして、早番勤務期間における原告らの通常の労働時間又は労働日における賃金は、原告倉本において一カ月金一八万円であり、原告井垣において一カ月金一五万円であることは明らかであるが、遅番勤務期間の右所定労働時間の内四時間は深夜労働時間であるから、前記説示のごとく、原告らの右期間における賃金は、各労働日について四時間の深夜労働に対する割増賃金(二割五分増し)をも含むものと解するのが相当である。そうすると、右期間における深夜労働に対する割増分を除く原告らの通常の労働時間又は労働日における賃金は、原告倉本において、一カ月金一六万五〇二二円〔深夜割増分を含めた一日当りの賃金額・金六九二三円(18万円÷26日、なお、一カ月の所定労働日数は、後記説示の場合に準じ二六日とした)、深夜労働に対する割増分を除く一時間当りの通常の賃金額・金五七七円{6923÷(7時間+4時間×1.25)}、深夜労働に対する割増分を除く通常の賃金月額・金一六万五〇二二円(577円×11時間×26日)(1円未満50銭以上切上げ,50銭未満切捨て)〕であり、原告井垣において、一カ月金一三万七五六六円〔以下、原告倉本の場合と同様の順で計算式を記載・(15万円÷26日=5769円){5769円÷(7時間+4時間×1.25)=481円},(481円×11時間×26日=13万7566円)〕であるということができる。

そして、原告らの賃金は、いわゆる月給制であるところ、労基法施行規則一九条一項四号によると、右一時間当りの賃金額は、月給額を月における、所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異る場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額であると定められている。しかして、原告らの休日は、第一、第三水曜日との約定であることは前記のとおりである(従って、原告らの月における所定労働時間数は月によって異ることとなる)ところ、右約定は、労基法三五条に反する違法なものであり、同法条が労働者保護をその趣旨とするものであることに照らすと、原告らの右月における所定労働時間数を算出するに当たっては、右約定に従うことなく、労基法三五条一項に従い毎週一回の休日が与えられていたものとして取扱うのが相当である。そうすると、一年間における週休日は合計五二日となるから、一年間における通常の労働日は三一三日であり、一カ月平均の通常の労働日は二六日となる。従って、原告らが遅番勤務に従事した間の一カ月平均所定労働時間数は、二八六時間(26日×11時間)となり、原告らが早番勤務に従事した間の一カ月平均所定労働時間数は、二七三時間(26日×10時間30分)となることは計算上明らかである。

そうすると、原告らの通常の労働時間又は労働日における賃金の一時間当りの金額は、原告倉本において、遅番勤務期間である昭和五五年二月八日から同年六月二〇日までの間は金五七七円{16万5022円÷286時間(1円未満50銭以上切上げ)}、早番勤務期間である同月二一日以降は金六五九円{18万円÷273時間(50銭未満切捨て)}であり、原告井垣において、遅番勤務期間である昭和五五年二月八日から同年六月一三日までの間は金四八一円{13万7566円÷286時間(50銭未満切捨て)}、早番勤務期間である同月一四日以降は五四九円{15万円÷273時間(50銭未満切捨て)}であるということができる。

原告らの右賃金の各一時間当りの金額を基礎とし、原告らの時間外割増賃金債権額を算出すると、原告倉本については、金七万〇八八一円〔{577円×112時間×0.25(=1万6156円)}+{577円×7時間×1.25(=5049円)}+{577円×56時間×1.5(=4万8468円)}+{659円×2時間20分×0.25(=384円)}+{659円×1時間×1.25(=824円)}(1円未満50銭以上切上げ,50銭未満切捨て)〕であり、原告井垣については、金五万九〇八五円〔{481円×108時間40分×0.25(=1万3066円)}+{481円×13時間10分×1.25(=7912円)}+{481円×52時間30分×1.5(=3万7879円)}+{549円×1時間40分×0.25(=228円)}(1円未満50銭以上切上げ,50銭未満切捨て)〕であるということができる。

よって、被告は、時間外割増賃金として、原告倉本に対し、金七万〇八八一円、原告井垣に対し、金五万九〇八五円の限度で支払義務を負うものというべきである。

三  (原告井垣の解雇予告手当金請求について)

(書証・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告井垣は、昭和五五年六月一九日、家事都合のため出勤時間である午前一〇時三〇分に間に合わなかったので、遅番勤務の出勤時間である午後三時から勤務することとし、右同日早朝、その旨を店長である木口利己に架電し連絡しようとしたが、通話中のため容易に通じず、また、被告代表者杦本も就寝中であろうことが窺われたので、直接連絡することを遠慮し、同日午前九時頃、已むなくすし処「杉」の同僚従業員である奥村に木口店長へその旨伝言することを依頼したこと、木口店長は、奥村から右伝言を聞き、これを被告代表者杦本に伝えたところ、被告代表者杦本は、木口店長に対し、原告井垣は午前中に必要な人であるから、午前中休むのであれば一日休んでもらうようにと指示したこと、木口店長は、右同日午後二時頃、原告井垣に対し、「今日はもう出てこなくてよい」旨伝え、原告井垣はその旨了解したこと、他方、被告代表者杦本は、原告井垣が事前に何の連絡をすることもなく休んだので、非常に立腹するとともに、即日、以前、被告店舗にパートタイマーとして勤務していたことのある丸山恵子に再び右同日以降勤務するよう手配し勤務させたこと、ちなみに、被告は、右店舗の経営が思わしくなかったので、経費節減のため同月一三日頃から丸山をパートタイマーとして稼働させることをやめていたものであること、原告井垣は、同月二〇日午前一〇時三〇分頃出勤したが、通常の場合、原告井垣のタイムカードは他の従業員のものと一緒にタイムカードボックスの下方に置かれていたのに、右同日に限って、原告井垣のタイムカードだけが他の従業員と区別され、原告の背の届かないような高所に置かれていたこと、原告のタイムカードを右のような所に置いたのは、被告代表者杦本であること、被告代表者杦本は、右のように出勤した原告井垣に対し、「一人分しか給料を払う力しかない」と伝え、暗に丸山恵子を雇うだけの経済的能力しかないことを示すと共に、「あんたにはこの仕事が合わないから、好きにしたらいいやんか」と何度も繰返して述べたこと、原告井垣は、右同日午後三時頃まで勤務したが、被告代表者杦本の右のような態度から考えて、これ以上原告井垣を雇用しないとの意思であろうと判断し、タイムカードに打刻した後退勤したこと、その際、原告井垣は、被告代表者杦本に対し、「今日はこれで帰ります」と伝えたのみであり、被告会社を任意退職する旨述べてはいないこと、被告代表者杦本は、右同日夜、原告井垣方へ赴き、原告井垣が所持していた右すし処「杉」の出入口の鍵を原告井垣の後に雇用される者に渡すためであることを申し出てその引渡を求め、原告井垣はこれに応じたこと、原告井垣は、被告から同月二一日以降の賃金の支払も、また、解雇予告手当の支払も受けていないこと、以上の事実を認めることができ、被告代表者杦本本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実を総合すると、被告は、原告井垣を昭和五五年六月二〇日をもって解雇した(黙示の意思表示)ものということができる。しかして、労基法二〇条一項によると、使用者は労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三〇日間の予告期間をおくか、三〇日前に予告しない場合には三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならないところ、被告は原告井垣を解雇するに際し、右予告期間もいわゆる解雇予告手当も支払っていないことは前記認定のとおりである。よって、被告は、原告井垣に対し、少なくとも、同原告請求にかかる三〇日分の平均賃金を支払うべき義務を負うものというべきである。

すすんで、被告が原告井垣に対して支払うべき解雇予告手当金額について検討するに、原告井垣が解雇される日以前三カ月間に支払われた賃金(昭和五五年三月分ないし五月分の賃金)は、金四五万六〇〇〇円(書証略)であるから、原告井垣の平均賃金は、金四九五六円五二銭{45万6000円÷92日(銭未満切捨)}であるということができる。そうすると、被告が原告井垣に対して支払うべき解雇予告手当は、金一四万八六九六円{4956円52銭×30日(円未満四捨五入)}であるというべきである。

四  (原告らの附加金請求について)

1  前記認定のごとく、被告は、原告倉本に対し、昭和五五年二月八日から同年六月二六日までの間における時間外割増賃金金七万〇八八一円の支払義務を、原告井垣に対し、同年二月八日から同年六月一九日までの間における時間外割増賃金金五万九〇八五円の支払義務を負っているにも拘らずこれを支払わないのであるから、労基法三七条に違反するものであるところ、本件全証拠を精査するも、被告が右違反をなすについて已むを得ない事情等特段の事情も見当らないので、当裁判所は、労基法一一四条に従い、被告に対し、原告らに右と同一額の附加金(原告倉本について金七万〇八八一円、原告井垣について金五万九〇八五円)を支払うべきことを命ずることとする。

2  被告は、原告井垣を解雇するに際し、労基法二〇条一項所定の予告期間及び解雇予告手当を支払わず、前記認定のごとく即時に解雇をなす旨の意思表示をなしたのであるから、労基法二〇条に違反するものであるところ、被告が右違反をなすについて已むを得ない事情等特段の事情も見当らないので、当裁判所は、労基法一一四条に従い、被告に対し、原告井垣に解雇予告手当金一四万八六九六円と同一額の附加金を支払うべきことを命ずることとする。

五  (原告井垣の住居移転に伴う敷金の請求について)

原告井垣は、要するに、原告井垣が被告会社に雇用されるに際し、勤務の都合等から杉本文化住宅に入居するよう申し渡され入居したが、前記のごとく解雇され右住宅から転居しなければならなくなったので、右転居に伴い支出した敷金三〇万円の支払を求めるというのであり、右主張を善解すると、その請求原因としては、右解雇が不法行為に当るから、右敷金として支出を余儀なくされた金員を損害賠償金として支払を求めるというものであるということができる。

よって按ずるに、一般に、使用者は、就業規則等に解雇制限規定の存しない限り、労基法の規定に則り何時でも任意に従業員を解雇することができるものというべきであるところ、前記認定事実によるも、被告が原告井垣を解雇したことが解雇権を濫用して行う等違法なものということはできず、他に右解雇が違法であることを窺わせる証拠もないから、その余の点について判断するまでもなく、原告井垣の右請求は理由がないものというべきである。のみならず、仮に、右解雇が不法行為を構成するものであったとしても、原告井垣が転居先の居宅の賃貸借契約において支払った敷金は、右解雇とは何ら相当因果関係のない支出といわなければならないから、この点からしても右請求は理由がないこととなる。

六  以上の次第で、被告に対する、原告倉本の請求は、時間外割増賃金等金一四万一七六二円、原告井垣の請求は、時間外割増賃金等金四一万五五六二円の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し、原告らのその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条、九二条但書、九三条を適用し、仮執行の宣言については、原告らの各認容金額の二分の一の限度において相当と認め、その余については、その必要がないものと認めこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松山恒昭)

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